大判例

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東京高等裁判所 平成2年(ネ)4428号 判決

控訴人(原告) 大川二郎

右訴訟代理人弁護士 沢田訓秀

被控訴人(被告) 朝日生命保険相互会社

右代表者代表取締役 若原泰之

被控訴人(被告) 協栄生命保険株式会社

右代表者代表取締役 田山嘉郎

被控訴人(被告) 富国生命保険相互会社

右代表者代表取締役 古屋哲男

被控訴人(被告) 安田生命保険相互会社

右代表者代表取締役 岡本則一

被控訴人(被告) 東邦生命保険相互会社

右代表者代表取締役 太田清蔵

被控訴人(被告) 明治生命保険相互会社

右代表者代表取締役 波多健治郎

右六名訴訟代理人弁護士 楢原英太郎

同 染井法雄

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は「一 原判決を取り消す。二 控訴人に対し、被控訴人朝日生命保険相互会社、同協栄生命保険株式会社、同東邦生命保険相互会社は各金一八万五〇〇〇円を、同富国生命保険相互会社は金二六万四〇〇〇円を、同安田生命保険相互会社は金二五万九〇〇〇円を、同明治生命保険相互会社は金三二万円を、それぞれ支払え。三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の主張は、以下のとおり補足するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人)

1. 保険に加入するのは、万が一の事故による死傷の場合を想定してのことであり、その場合、できるだけ保障額を多くしようと考えるのは当然のことであって、本件各保険契約の締結には何ら不自然な点はない。

2. また、他の保険会社との契約の存在を告知しなければならない義務はない。むしろ、保険会社である被控訴人側では、保険約款に定めのある「契約内容の登録」の制度を利用して他の保険会社との契約関係を知り得るチャンスが充分あったはずであるのに、被控訴人らにおいてチェックを怠っていたものである。

3. 保険料の支払額が所得に比較して多額であったとの点も、控訴人は妻と二人暮らしであり、しかも、米や野菜は妻の実家から無償で貰えたので、生活費は一か月三万円もあれば足り、また、保険加入当時妻も働いていたから、控訴人には充分保険料の支払能力があった。控訴人の所得からみて控訴人には保険料の支払能力がなかったなどということはできない。

4. 本件各保険契約締結後にした控訴人の入院は、いずれも医師の適正な診断に基づくもので、従前からの疾病を隠していたものではない。

被控訴人らは、控訴人の痔の状態が入院を要するほど悪化していたのに控訴人はそれを隠して保険契約を締結したと主張する。しかしながら、控訴人の痔疾は、昭和四九年に罹ったのが最後であって、本件保険契約の申込みがされた昭和六二年暮から昭和六三年春ころには既に五年以上経過していた。したがって、痔の問題は、告知事項の「過去五年以内の健康状態」「過去二年以内の健康診断」のいずれにも該当しないものであった。そして、控訴人の痔の状態が本件の契約締結時には入院を要するほど悪化していたというのは、被控訴人らの単なる推測にすぎない。

(被控訴人ら)

1. 約款による契約無効

(一)  本件各保険契約の約款においては、「保険契約者又は被保険者の詐欺により保険契約を締結復活若しくは復旧し又は保険金を増額したときはその保険契約は無効とし、受け取った保険料は払い戻しません。」と規定されている。控訴人は、被控訴人ら多数の生命保険会社と同種の入院給付金及び手術給付金特約付生命保険契約を締結し、将来、既に発生してはいるが、保険会社に秘匿している「内外痔核」の傷病名その他仮装の傷病名等で入退院を繰り返すことにより、不必要に高額な入院給付金等の請求をすることを意図し、右意図があれば保険会社は保険契約に応じないことを知悉しながら、将来偶然に発生するかもしれない傷病・入院に備えて適当な額の給付金特約を申し込むかのように仮装して、昭和六二年一二月一日から昭和六三年三月一日までの僅か三か月の短期間に被控訴人ら六社のほか訴外住友生命保険相互会社ほか二社に対し、合計一〇口もの入院給付金特約付の保険契約の締結を申し込んだ。右入院給付金の合計は一日当たり災害入院で合計七万円、疾病入院で合計六万円で、当時定職を持たず妻の収入を合わせても月額一六万円余(日額五〇〇〇円余り)の収入しかなかった控訴人の入院中の生活保障として不必要に高額なものであった。また、その支払保険料の合計は月額一二万六五六九円であり、この保険料を支払うと、家賃その他生活費には三万円余りしか充てられないものであった。

(二)  被控訴人らは、控訴人が将来偶然発生するかもしれない傷病・入院に備えて適正な額の給付金特約付保険契約を申し込んでいるものと誤信し契約を締結した。被控訴人らは、控訴人の意図を知っておれば、本件の各保険契約を締結しなかったものである。

(三)(1)  なお、本件入院給付金請求の事由は、「内外痔核」の入院治療のためであるが、控訴人は、昭和六二年一〇月二八日の訴外住友生命の生命保険契約申込みの際の告知において、昭和四二年ないし四九年までの間の痔の手術やそのための入院について記載したが、その余の被控訴人らに対する生命保険契約の申込みに際し、痔に関する持病があることについては、一切記載しなかった。

(2) しかるに控訴人の痔の状態は、本件各保険契約締結後の入院状況からすると、一か月も入院を必要とするような内痔核、外痔核のかん頓状態という極めて悪い状態であったというのである。このような状態に急激に悪化してなるということは考え難く、数年間にわたって徐々に悪化したものと推定される。そうすると、本件各保険契約の締結が開始された昭和六二年一二月ころには、控訴人は、少なくとも痔の根本的な治療を必要とする身体的状態にあったはずである。

(3) ところが、控訴人はこの点を契約時に秘匿していた。しかも、この内外痔核のための入院給付金の請求は、その後に入院した尿管結石、第四腰椎圧迫骨折等の入院給付金の支払を受けた後に遅らして行っている。

2. 民法九六条の詐欺による取消し

控訴人は、前記のように、被控訴人らを欺罔して各入院給付金等特約付保険契約を締結させた。

被控訴人らは、平成三年六月一三日付け準備書面をもって、各保険契約を取り消す旨の意思表示をした。

よって、被控訴人らは、予備的に、民法九六条に基づき、詐欺による取消しを主張する。

3. 公序良俗違反による無効

仮に約款上の詐欺無効又は民法九六条の詐欺による取消しの主張が認められないとしても、生命保険契約は継続的契約であり、かつ、本来射倖的性格を有するものであるから、この射倖的性格に起因する弊害を防止する必要があり、信義誠実の原則が強く要請されるところ、控訴人は、前記のように、控訴人の収入と比較して多額の不労所得を得ようとしているのであるから、このような契約は、正常な保険制度の維持という観点からは到底是認できるものではなく、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものである。

よって、予備的に公序良俗違反を理由に、本件各保険契約の無効を主張する。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一、当裁判所も、控訴人の本訴各請求は理由がないと判断するが、その理由は以下のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1. 原判決四枚目裏七行目の「ほかに」を「前に」に、同八行目の「住友生命保険相互会社に加入していた」を「住友生命保険相互会社との間で保険契約を締結していた」に、同一一行目の「合計九口」を「合計一〇口」にそれぞれ改める。

2. 同五枚目表四行目の「右保険金額」から同五行目の「すぎない」までを「右入院給付金の合計は、一日当たり災害入院で七万五〇〇〇円(昭和五七年加入の住友生命分を除くと七万円)、疾病入院で計六万五〇〇〇円(同六万円)にもなる」に改める。

3. 同六行目及び九行目の「原告本人」の次に「、弁論の全趣旨」をそれぞれ付加する。

4. 同七行目冒頭から同八行目の「説明している」までを以下のように改める。

「(三) その際、控訴人は、被控訴人らを含めいずれの保険会社に対しても、他社との契約はやめたと述べるなどして、他の保険会社との間では保険契約を締結しておらず、また、同時申込みもしていないかのように振る舞い、あたかも常識的な額の入院給付金及び手術給付金特約付保険契約を申し込んでいるかのように仮装し、その結果、被控訴人らは、その旨誤信して本件各保険契約を締結するに至った。なお、被控訴人らが、契約締結の時点において、約款に定められている『契約内容の登録』の制度により、他社との保険契約の締結の事実を知っていたとは認められない。」

5. 同五枚目裏六行目の「本件疾病については、」から同八行目末尾までを以下のように改める。

「本件疾病は、内痔核及び外痔核のかん頓状態というもので、そのために手術を要するほどのものであったが、このような症状が本件保険契約締結後数か月程度の時間的経過で急に発現するとは考えにくい(甲第一号証、乙第三八号証)。」

6. 同六枚目裏四行目冒頭から同七枚目裏五行目までを以下のとおりに改める。

「3 ところで、前記保険契約の『詐欺により保険契約を締結〈省略〉したときは、その保険契約は無効』とする旨の文言は、その趣旨必ずしもすべて明確とはいえないが、本訴請求に関する限り、少なくとも、後に右契約が詐欺によって締結されたことが発覚したときは、保険会社は契約取消しの意思表示をするまでもなく、保険金の支払を拒絶できることを定めたものと解することができる。そして、ここにいう詐欺とは、特にその要件について定めがされていないことからして、民法九六条にいう詐欺とその成立要件を異にするものではないと解されるのであり、その要件の一つである欺罔とは、積極的に虚偽の事実を申し述べる場合のみならず、保険制度の趣旨目的に照らして信義則上当然相手方に告げるべき事実を秘匿するような消極的な行為も含むものと解すべきである。

ところで、本件保険契約の各特約部分は一種の損害保険ともいうべき性格を有するところ、一般に損害保険契約においては、いわゆる超過保険あるいは重複超過保険を放任すれば、保険事故の発生により被保険者が実損害額以上に利得を受ける結果を生じ、ひいては損害保険契約が不当な利得を目的とする賭博行為に悪用され、又は被保険者による自発的保険事故の招致を誘発する弊害があることから、商法がかかる保険契約の効力を規制しているのであって、その趣旨は、本件のごとき特約付保険契約についても同様に当てはまるところである。されば、被控訴人ら各保険会社にあっては、これを避けるために保険契約の申込みを受けるに当たっては、他社との同種保険に加入していないかどうかを確認し、他に多数の同種保険に加入している場合は契約申込みを受けない運用をしていたものであり、そのことは、昭和六二年四月の約款の改正に当たり、『他の保険契約との重複により、被保険者にかかる入院給付金日額等の合計額が著しく過大であって、保険契約の目的に反する状態がもたらされる場合、保険会社はこの特約を将来に向けて解除することができる。』との規定が盛り込まれ、控訴人が本件各保険契約を締結するに当たっても、各契約約款にこの条項がもられていたこと(甲第四号証及び弁論の全趣旨)からみても明らかである。このような事情に鑑みれば、本件各保険契約の締結に当たっては、この種の保険に同時に多数加入することは、本来この種保険の趣旨目的に反するものであって、控訴人はその有無を確認する被控訴人会社の担当者に対し、そのような意図又は事実のないことを告げるべき信義則上の義務があったものといわなければならない。

しかるに、前記認定事実によると、本件では、控訴人は、被控訴人らに対し、他の保険会社との間では保険契約を締結しておらず、また、同時申込みもしないかのごとくに振る舞い、ただ常識的な額の入院給付金及び手術給付金特約付保険契約を申し込んでいるかのように仮装して契約の申込みをしたのであるが、実際には、これに反して、短期間に合計一〇口もの保険契約を締結し、これらの入院給付金の合計は一日当たり災害入院で計七万五〇〇〇円、疾病入院で計六万五〇〇〇円という高額に上る結果となっていたのである。このような事実は、保険契約者が故意の保険事故招致や保険事故発生の仮装などにより不正な保険金支払の請求を行う意図を持っていることの徴憑事実たる意味を持ち、保険会社が保険契約を締結するか否かを判断する際の重要な判断材料となるものであった。しかるに、控訴人がこれについてあえてそのような事実がないかのように仮装したことは、違法な欺罔行為といわなければならない。被控訴人らは、このような事実がないと信じて本件保険契約を締結したものであるが、この錯誤がなければ、本件の各入院給付金等特約付の生命保険契約を全体として締結しなかったとみるのが相当である。

そして、控訴人が保険契約締結に際し、このように重要な事項につき虚偽の事実を仮装したことや、前記のように、控訴人の収入と比較して支払うべき保険料の合計額が異常に高く、長期にわたってこのような保険料を払い続けることは困難と考えられることや、控訴人は、本件各保険契約締結直後から、契約締結以前から罹患していたのではないかと疑われる内外痔核や、故意による自招事故の可能性もあり得ないではない第四腰椎骨折や腰痛といった疾病を理由に、頻繁に長期間の入院を繰り返していたといった事実関係を総合すると、控訴人には、被控訴人らを欺罔して錯誤に陥らせ、その錯誤によって本件各保険契約締結の意思を決定・表示させようとする故意のあったことが、明らかである。そうすると、本件各保険契約は詐欺により締結されたものといわなければならない。

なお、控訴人は、被控訴人らに、保険会社として「契約内容の登録」の制度を利用して他の保険会社との契約関係を知り得る機会があったというが、本件のように短期間に同時多数の申込みをする場合にもそれを知り得たはずであるとすることは困難であるばかりでなく、仮に知り得る機会があったとしても、そのような事情の下においては、この主張は、被控訴人らが錯誤に陥ったことにつき過失があったことを意味するにすぎず、右の判断を左右するものではない。

以上、本件各保険契約は、保険契約者兼被保険者である控訴人の詐欺により締結されたものというべきであるから、被控訴人らは、各保険約款の前記条項に基づき、本件入院給付金及び手術給付金の支払を拒絶できるものというべきである。」

二、よって、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は正当で、控訴人の控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 大坪丘 近藤壽邦)

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